レインウエアの表素材は、現在の合成繊維が使われるようになってからも、その種類はあまり多くは見られません。しかも一時期、目に付くようになった素材であってもその後衰退、現在でも根強く継続している素材は、一般的なヤッケやウインドブレーカーなどにも使われている「レギュラーのナイロンタフタ」です。
ここでは、あくまでも表素材に絞って、そのこれまでを振り返ってみます。
各年代の主要な表素材
かつての藁(わら)「蓑(みの)」、紙「桐油紙」、絹「羽二重」を経て、1950年代の昭和中期から防水性がより求められるようになって、素材の裏面に樹脂加工が施されるようになりました。
樹脂加工の樹脂の種類やその加工方法について、又 樹脂加工の目的の一つであるシームテープについては割愛し、ここではあくまでも表素材について解説します。
1960年代〜レギュラーのナイロンタフタ
裏面に樹脂加工が施されるようになってからの最初の表素材は『綿布』、そして『綾紺スフ』(ギャバ)です。
その後、1960年代に現在の合成繊維が表素材として使用されるようになります。
原糸はナイロン、これを平織りにしたきめ細かく均一な薄手の基布が、業界で『レギュラーのナイロンタフタ』と呼ばれた表素材です。その原糸のナイロンは70デニール。デニールとは糸の太さの番手で、その糸を最も単純な織物組織である平織り(タフタ)に織ります。
平織りとは、縦糸(経糸)と横糸(緯糸)を交互に浮き沈みさせて織ることで、タフタはかつて高級絹織物の代名詞でもありました。
密度は1インチ間隔(2.5センチ四方)に190本(縦糸横糸の合計)の糸を打ち込んだものです。
これがレギュラーのナイロンタフタと呼ばれるオーソドックスな基布で、当時のゴム引きレインウエアの表素材のほとんどがこの仕様でした。
1970年代〜ナイロンタフタ(シレー加工)
1970年代には裏の樹脂加工(ウレタンコーティング)の都合上、打ち込み本数を210本に高めて、その高密度をアピールした時期もありましたが、裏加工の技術向上やコスト面などもあり、この210本タフタは定着しませんでした。
むしろ1970年代から盛んに出始めたのが、生地の表面に後加工で熱と圧力をかけた『シレ-加工』と呼ばれるもので、ワックスをかけたような独特の光沢感を出した生地でした。
1970年代〜綾織(ツイル)
一方で、平織りでなく綾織(ツイル)の生地も目にするようになりました。
綾織とは、縦糸が2本もしくは3本の横糸の上を通過した後、1本の横糸の下を通過する事を繰り返す織組織で、柔らかく伸縮性に優れ、シワが寄りにくいという利点があります。
そもそもこれは、ひと昔前のスフ糸を用いたギャバ生地が綾織だったことからそのリバイバル的存在で、深みのある色合いを醸し出し、平織りに対抗して用いられましたが、やはりほとんどのレインウエアの表素材は相変わらずレギュラーのナイロンタフタでした。
1980年代〜ナイロン異形糸タフタ
そこへ1980年代に入り、一世を風靡した表素材が誕生します。
これまでの丸形の断面糸に代わり、多角形の断面をした異形糸の織物を使用、その乱反射による高発色の素材『ナイロン異形糸タフタ』です。特にコートなどの女性向けとして爆発的なヒットで、東レはこの糸を「アミック」という名称で商標登録、全国に流通させました。
この頃、『ワッシャー(しわ)加工』を施した生地も見かけるようになりました。
これは生地に洗いっぱなしのような風合いを加える加工技術のことをいい、通常の生地よりもナチュラルな質感で、やわらかな風合いになるので、「異形糸タフタ」同様、女性向け製品の素材として大変好評で、「ナイロン異形糸タフタのワッシャー加工」というこの2種類を掛け合わせた生地も誕生したほどでした。
1980年代〜ナイロンオックス・ナイロンリップストップ
他方で、この時代に高級品のレインウエアに使用されていた素材が、『ナイロンオックス』や『ナイロンリップストップ』です。
「ナイロンオックス」の生地は、バッグやポーチに多く使われていますが、これは太い糸を高密度に織った防水性に長けた生地で、レインウエアに使用する場合、その多くは糸の太さがレギュラー(70デニール)の3倍以上太い240デニールの糸を使用しました。
摩擦摩耗に強く、特に強度が重視されるバイク業界のレインウエアとして多く用いられました。
又、「ナイロンリップストップ」の生地は、キャンプや登山用のテントやバッグ、寝袋などを始め、アウトドア用品のあらゆるところで目にする機会の多い格子状の生地です。
それをアウトドア業界ではレインウエアにも使用、強度が高く太い糸または複数に撚った糸などを格子状に織り込んだ織物で、この構造から生地の強度が上がり、ほつれにくく破れにくいのが特徴です。
ただ、ナイロンオックスもナイロンリップストップも一般的に流通しているレインウエアの素材と比較すると高額で、幅広い用途に向け量産する商品が多いレインウエア業界では、定着しませんでした。
1990年代以降〜ポリエステル
糸の太さや形状、織り方や後加工によってその顔を変化させて来た合成繊維ですが、そこに使われたのはほぼ全てナイロン。ところが1990年以降、バブル経済が崩壊してデフレ時代に突入、2000年頃を境に量販店を中心に安価なレインウエアが氾濫、そこでその原糸に使われ始めたのが「ポリエステル」です。
このポリエステルはナイロンと比較して、肉眼では全く区別はつきませんが、「強度」に劣り、「色移行」や「色移染」などといった色移りの問題が発生する危険性もはらんでおり、更に組織や団体がその名称やロゴを本体にプリントする場合、ポリエステル繊維の物性上から印刷屋泣かせの素材でもあります。しかし、とにかく安価という事から一気に使われ始めました。
現在の主流は、レギュラーのナイロンタフタ
このように、素材にはそれぞれメリット・デメリットがあり、そこに流行も加味される中、「レギュラーのナイロンタフタ」は現在も主流で、長年使われ続けている素材です。それは生産量、強度や価格面など、これに代わる安定した素材が他になく、かつてのように一時的に消費者から支持された素材はあっても、レギュラーのナイロンタフタは根強く使われ続けています。
又、近年『ストレッチ素材』という素材をよく見かけるようになりましたが、その物性からして一般衣料にはとても快適で良い素材だとは思いますが、レインウエアの場合、表面のストレッチ(伸縮)に連動して裏面に貼られた防水の生命線であるシームテープのはく離を心配する専門家の声もけして少なくありません。
しかしこれまで表素材の変化に乏しかったレインウエアに取って、その話題性から一般消費者が興味を持つのも、ごく自然でしょう。
いづれにしても、一時的に出回った表素材は過去にいくつかありましたが、持続性に乏しく、レギュラーのナイロンタフタが前述のような理由から現在でも最適な素材なのかもしれません。しかし一方で、業界としては新たな表素材を模索していることも確かです。